ひとり焼肉、ひとり居酒屋、ひとり焼き鳥・・・これまで「ひとり~」は色々と経験して色々な物を食べてきた。その流れで今日は「ひとり鮨屋」にチャレンジだ。じつは「ひとり鮨屋」は初めてではない。たとえば地方都市に出張した時や、地元でのランチタイムなどに、ひとりで鮨屋の暖簾をくぐったことは幾度かある。
「お父ちゃん、ここのお寿司まわってないね」と初めて訪れた高級鮨屋の白木のカウンターに座った子供が、普段よく行く「くるくる寿司」と違う光景に、おもわず口走った言葉には笑えるが、それにしてもやはり寿司はちゃんとした鮨屋で食べたいものだ。目の前の冷蔵ケースに並んだネタの魚が食欲をそそる。
以前テレビで、一見の客に対し、鮨屋の親父が(こいつ出来るね)と思わず唸る注文の仕方があると紹介していた。それは、メニューを見て注文せずに一言、「親父、美味しいところおまかせで握ってよ」というのが粋だというのだ。しかし、われわれサラリーマンの食道楽にその注文の仕方はちょっとリスキー過ぎる。時価だらけの鮨ネタが積もればお会計で目玉が飛び出る結果になりかねない。
そこでその番組では、もうひとつ粋な注文の仕方を紹介していた。それは具体的な金額を事前に提示する方法。「おやじ、1万円で握ってよ」というのだそうだ。これには店側も、ぐっと緊張するらしい。「この客、鮨の目利きが出来るな」なんて感じるらしい。だから下手な物を出す訳にはいかないのだ。
そこで今夜はオイラも、初めて、この粋な注文方法にチャレンジをしてみる。さて、その前に予算だが、1万円はちょっと値がはりすぎる。横に女性でもいれば別だが、なにせ“ひとり”である。また、ここは銀座や北新地ではなく、西明石だ。そこで、今夜の予算は5000円と決めた。これくらいの贅沢なら、たまにはいいではないか。そう自分にいい聞かせて鮨屋の暖簾をくぐった。
夜も遅かったので客はオイラ一人。頑固そうな親父が「いらっしゃい」と低い声でいう。おしぼりとお茶が出て、目の前のカウンターの一段高い段にハランの葉が置かれる。親父が「何しましょ」聞く。オイラは意を決していった。「5000円で握ってよ」。親父の目が一瞬光った(ように見えた)。そいて「あいよ」の弾んだ声。(しめた。やはりここの親父もこの注文法に粋を感じてやがる)。オイラはひとりごちた。
そのあと、オイラの前に並んだ寿司の数々が、果たして5000円の値よりも上か下かオイラにはよく分からない。それでもひとつだけいえることは、親父が真剣にネタを吟味し、真剣に握ってくれたような気がした。そしてオイラのお腹は満たされた。親父も最後の鮨をハランの上に乗せ「これで終わりです」とだけ言葉を吐いた。それ以上余計なことはいわなかった。オイラはそれを口に運び終わると、お茶を一口すすって、「お勘定」とだけいい、金を払って外へ出た。
5千円札1枚をめぐって握る側と食う側の真剣勝負。こんどは1万円勝負ができるように仕事がんばろう。そんなことを考えながら夜道を歩いた。秋の夜風が冷たくオイラの頬をなぜた。